◆黒ガリンガルと杉本八郎先生◆

Super黒ガリンの原料である黒ガリンガルという植物。外見はショウガそっくり、中身は紫色(沖縄の特産品である紅芋のような紫色)をしていて、生で食べると本当に苦いです。これを粉末にし、カプセルに詰めサプリメントとして誕生させた佐藤会長は、知人の紹介で杉本先生とお会いすることとなりました。佐藤会長のお話をお聞きした杉本先生は黒ガリンガルを色々と調べた結果、認知症にも効果が期待できるかもしれない!とのことで様々な角度から研究を始めて下さったそうです。研究を続ける杉本先生の脳裏にはお母様との辛い想い出がよみがえったに違いありません。そして、黒ガリンガルの研究に本格的に参加して下さったそうです。人のご縁とは不思議なもので、杉本先生にお会いしていなければ黒ガリンガルが認知症に効果が期待できる植物だなんて想像もつかなかったことでしょう。杉本先生ご自身も、黒ガリンガルという謎めいた植物にこんな不思議なパワーがあるとは考える余地もなかったことでしょうから、世の中、不思議なご縁が沢山あるものですね。

◆超高齢化社会の日本と黒ガリンガル◆

前回まで3回に渡り、世界でもっとも多く使用されているアルツハイマー型認知症の治療薬アリセプトを開発した杉本八郎先生の簡単な経緯をお伝えしました。超高齢化社会の日本、認知症に関しては他人事ではなく、自分事として考えていかなければなりません。待ったなし!の状態です。

戦後の日本は何もなく、一面が焼け野原だったと祖母に聞いたことがあります。その何もない状態をこんなにも豊かな日本にして下さったのは、紛れもなく、私たちの身近なご先祖様である祖父、祖母の世代(90代)のお陰です。食料もない、エネルギーもない、車も家もない・・・まさにないないづくし。戦後70年以上経った今では、食糧はあり余り廃棄処分が多すぎると騒がれ、原発を作るだけ作り、その原発の被害で苦しむ人々がいて、車は一家に一台ではなく、一人一台持つようになり、高齢者ドライバーの交通事故は連日のように続いています。車社会になり、食べ過ぎ、飲み過ぎ、運動不足により生活習慣病という病が横行し、病院には患者があふれています。超高齢化が進み、昔なかったような認知症という病気が社会問題となっています。認知症の原因には、「糖化」が絡んでいるということが分かりました。前回まで3回シリーズでお伝えしました杉本八郎先生は黒ガリンガルという植物の抗糖化作用を認めて下さっています。

◆アリセプトの開発者・杉本八郎先生③◆

杉本先生がなぜ、新薬を開発しようと思ったのか?それはお母様がきっかけでした。1回目のブログで、戦後の昭和20年代に、杉本先生のお母様は、かなりのご苦労をされたということはお伝えさせて頂きました。

お父様は全くといっていい程、当てにならない方らしいので、戦後の混乱期の中、お母様のご苦労は並々ならないものであったに違いありません。おまけに9人の子供を育てあげたのですから、想像がつかない生活だったことでしょう。戦後、日本がこれだけ平和でいられるのも、杉本先生のお母様のような方が作り上げて下さったからだと思うと、頭が下がります。

この杉本先生とお母様の間には、とても辛い思い出がありました。ある日、お母様は杉本先生に向かって、「あんたさん誰でしたかねぇ」と問いかけたそうです。そうです!お母様は認知症だったのです。脳血管性の認知症です。この出来事がきっかけで、杉本先生は親孝行を近い、新薬を開発しようと誓ったとのことです。自分の母親にあなたは誰?と言われた時のショックは計り知れない程、言葉にはできない程の衝撃だったに違いありません。今だからこそ、認知症も徐々に解明されてきましたが、当時は認知症という病名もなく、世間の理解もなかったでしょう。これが杉本先生の創薬研究の原点となりました。

そして、アリセプト開発へとつながった訳です。

◆アリセプトの開発者・杉本八郎先生②◆

前回、アルツハイマー型認知症の治療薬のアリセプトを開発者した位の方だから、化学、物理、数学という理系科目が得意だと思っていた杉本先生は、実は理系科目などまるでダメということを知り、意外だなぁと思いました。杉本先生の学歴は高卒。大学に行くお金がなくて都立化学工業高校に入学したそうです。

そこで、高校3年生の時に学校の掲示板にエーザイの名前を見つけて、入社を決めました。

エーザイと言えば、ヒューマンヘルスケアを企業理念としている超一流企業です。杉本先生はエーザイ入社後、中央大学理工学部の夜間部に入学したのもつかの間、間もなく、組合活動に熱中する日々を過ごすことになりました。化学、物理、数学がまるでダメだった杉本先生が理工学部に入学するとは、こちらも意外としかいいようがありません。そんな杉本先生の趣味は剣道。組合活動に見切りをつけエーザイ剣道部を設立しました。77歳の今でも剣道はやっていらっしゃるというのですから、これもまた驚きです。

ここでまた驚くべきことが起こりました。エーザイ在社中に新薬3つを開発する夢を抱いたそうです。

なぜ、新薬を開発しようと思ったのか?それは次回のブログにてお伝え致します。

◆アリセプトの開発者・杉本八郎先生①◆

あなたは、杉本八郎というお名前をお聞きになったことはありますか?

えっ?誰?と思われた方も多いのではないでしょうか?

では、アリセプトというお薬の名前はご存じですか?

世界でもっとも多く使用されているアルツハイマー型認知症の治療薬がアリセプトです。

そして、アリセプトの開発者が杉本八郎先生なのです。

本日より3回に渡りまして、杉本八郎先生がどのような経緯でアリセプトを開発されたかをお伝え致しますので、お読み頂ければ幸いです。

杉本先生は昭和17年(1942年)生まれなので、令和元年の今年は77歳になります。

9人兄弟姉妹の8番目にお生まれになりました。ご両親はどのような方かと言いますと、ひと言で言えば、お父様は全く当てにならない方、お母様は戦後20年代の時に非常にご苦労された方だと言います。

戦後の日本は食べ物もなく、雨の日でも傘がない、お弁当さえ持って行けないというような状態でした。

戦後生まれの私たちからすれば想像もしえないご苦労をなさったのです。

このような環境に育った杉本先生がどのような方かと言いますと、青少年時代は小説とマンガばかり読んでいて、学校の勉強など全くせずに遊んでばかりだったそうです。

アルツハイマー型認知症の治療薬のアリセプトを開発者でありますので、化学や物理、数学が大の得意かと思いきや、実はまるでダメとのことでした。会社の中の学歴は高卒、性格は愚直そのものだったそうです。

続きは次回!